ドクターコラム
「原因不明のあざ」から見えてくる医学界の分岐点《前編》
消化器内科/予防医学センター 袴田 拓
掲載日:2025年10月15日
なぜか「あざ」ができやすいのはどうして?
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<写真1>容易にできた2本線のあざ(28歳、女性、左前腕部) -
特にぶつけた覚えもないのになぜか「あざ」ができやすい人がいます。病気も指摘されておらず、血液サラサラ系の抗血栓薬も服用していないのになぜできるのでしょうか?<写真1>は20代女性の腕ですが、スーパーの買い物用ビニール袋を数分ほどぶらさげただけで、あざになってしまったそうです。同様に、お年寄りの身体にできる原因不明のあざについてもしばしば相談を受けます。
日本血栓止血学会の用語集を見ると、血管壁の強度を保つ構造タンパク質は「コラーゲン」だとあります。コラーゲンは皮膚の成分という印象が強いかもしれませんが、血管、骨、軟骨、靭帯、粘膜などにも多く含まれます。コラーゲン分子前駆体の基本構造は主にアミノ酸であるグリシンとプロリン2個がつながって出来ています。その2個目のプロリンがヒドロキシプロリンに変換されることで硬く丈夫なコラーゲン線維として完成します【図1】。

この化学変化に関わる酵素に実は「鉄」の存在が必須であり、また「ビタミンC」が補酵素として働きます(※1)。ですから肉・魚・卵・大豆などのタンパク源をよほど食べず絶対的アミノ酸不足となったり鉄やビタミンCが欠乏すると、血管壁のコラーゲン線維が減少したり弱体化します。その結果、血管壁が弱くなりたやすくあざができてしまうものと考えられます。<写真1>に示した女性は血液検査の結果、貧血はないものの明らかな鉄欠乏(潜在性鉄欠乏症)であることが判明しました。お年寄りのケースは血液検査で確認はできないものの、ビタミンC不足のケースが多いようです。
15~18世紀の大航海時代に船乗りたちが長い航海のさなか、ちょっとした血豆が潰瘍や大きなあざになり、ついには骨まで砕け次々と死んでしまう奇病が流行りました。これはのちに長期間野菜や果物を摂らなかったことによる重度のビタミンC欠乏症「壊血病」(※2)と命名されました。まさに身体中のコラーゲンが崩壊する恐ろしい事態でした。現代の日本においても、貧困格差の拡大、大量飲酒、喫煙過多を背景にビタミンC不足人口が増え、軽症の壊血病患者はいる(※3)ようです。
ここまでは静脈からじわりと出血してくるあざについて述べてきましたが、コラーゲンは動脈にも存在することを忘れてはいけません。機械工学事典を見てみると「血管壁の主たる成分はコラーゲン、エラスチン、および平滑筋である」とし「(動脈壁も)静脈壁も基本的に同じ構造をとる」とあります。例えば脳出血は主に脳動脈の破綻であり、圧が高いため出血範囲が広がりやすくしばしば致死的な経過となってしまいます。男女とも60歳以上の高齢者に多く発症し、背景には高血圧の合併が多くみられます。つまり過剰な圧が加わり続けることで血管が破綻すると教科書的には説明されていますが、血管自体が弱くなる側面からの説明は不思議と見かけません。
こちらの側面について色々探して見つけた知見が名古屋工業大学研究チームの動物研究(※4)です。「動脈壁はエラスチン繊維とコラーゲン線維が血管壁の力学的特性を担い、特に高い血圧ではコラーゲン線維が力学的特性を支配する。(中略)実験的にコラーゲンが少ない領域において血管亀裂が開始される」とあります。栄養状態によりその量や強度が左右されるコラーゲンによる血管防御はやはり脳出血に重要なカギを握っていそうです。もしかすると高齢者の脳出血も実は「高血圧」だけでなく「栄養不足による血管壁弱体化」が共存したとき、あるいは後者だけでも発症しているのかもしれません。
高齢者以外に脳出血の発症率が上がる集団が「妊婦さん」です。その相対危険度は同年代の妊娠していない女性に比べ、妊娠中で2.5倍、産後6週まででは実に28.3倍に及ぶとする報告(※5)があります。本来20~40代の若い女性が自然に脳出血を起こす確率など無いようなものですが、妊娠中や産後となると意外に無視できない確率で起きているのです。これはいったいなぜなのでしょうか?(後編へ続く)
【参考文献】
※1 「コラーゲン物語【第2版】」藤本大三郎(東京化学同人)
※2 「壊血病とビタミンCの歴史 : 「権威主義」と「思いこみ」の科学史」ケニス J.カーペンター ; 北村二朗, 川上倫子訳(北海道大学図書刊行会)
※3 日本内科学会誌110(10):2256~2261、2021「下腿出血を繰り返し 最終的に壊血病と診断した1例」
※4 日本機械学会 第28回バイオフロンティア講演会 [2017.10.28-29]「血管壁破壊に対するエラスチン線維とコラーゲン線維の結合の影響」
※5 Kittner SJ et al. N Engl J Med. 1996 Sep 12;335(11):768-74
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