ドクターコラム

舌小帯短縮症

小児科 舌小帯外来 伊藤 泰雄

掲載日:2020年4月11日

舌小帯短縮症とは

  • 舌小帯短縮症とは
  • 舌小帯短縮症とは、「胎児期に舌と口腔底の間に存在する粘膜(舌小帯)が消退しないまま残ったために舌の動きが制限され、哺乳、咀嚼・嚥下(えんげ)、発音、呼吸、その他諸々の社会生活に支障を来す疾患」と定義することができます。年長児では舌小帯の瘢痕(はんこん)短縮が強いことから舌繋(ぜっけい)瘢痕性短縮症ともいいます。

同義語として舌癒着症、舌強直症がしばしば高度の舌小帯短縮症を示す用語として使用され混乱の一因となっていますが、私は舌小帯短縮症に軽度から高度があると捉えています。

舌小帯短縮症をめぐる論争

舌小帯切開は古くから行われている手術です。ところが日本では1980年頃から小児科学会が舌小帯切開に反対し始めます。

1985年に日本小児科学会新生児委員会が発表した「正当な母乳栄養の推進についての要望」の中で「一部に舌小帯を不必要に切断していることは、むしろ有害といわなければならない。」と述べたのを皮切りに、2001年には日本小児科学会倫理委員会が少人数のアンケート調査に基づいて「舌小帯短縮症に対する手術的治療に関する現状調査とその結果」を報告し、「本症(舌小帯短縮症)と哺乳には関連がない。手術を必要とする舌小帯はまれである。」と結論しました。

この頃はアメリカの権威ある小児科学の教科書でも舌小帯切開は不要と記載されていたので、当時としてはやむを得ない結論だったと思います。

しかし2000年代になって、それまでミルクが主流だった欧米で母乳栄養の重要性が唱えられるようになり、「舌小帯切開術は哺乳障害を改善する可能性がある。」という研究論文が数多く発表されるようになりました。2009年に、WHOの「乳幼児の授乳~教科書のモデル・チャプター」にも「舌小帯短縮症が哺乳障害の原因になっている場合には、舌小帯切開を行う医療機関に患児を紹介する必要がある。」と記載されました。

また2017年に、米国小児科学会が、「母乳栄養に優しい小児科外来の指針」を報告しましたが、そこには「舌小帯や上唇小帯の切開は吸啜(きゅうてつ)、授乳、哺乳量を改善する可能性がある。地域の母乳栄養相談員や小児科医が必要と判断したら、切開の経験をもつ医師に迅速に紹介すべきである。」と書かれています。

そのような状況下で日本歯科医学会が2018年5月に舌小帯短縮症に対する治療指針を打ち出しました。これは歯科に「口腔機能発達不全症」という新しい病名が認可されたことへの対応です。

「口腔機能発達不全症」評価マニュアルでは「保護者・保育関係者は子どもの舌がハート形ではないかをチェックし、歯科医は舌小帯の異常をチェックすべき」としています。そして対応策としては「哺乳障害、摂食障害、発音障害がある場合は、切除術を行う」ことを推奨しています。

つまり日本では現在、小児科医学会と歯科医学会が相反する治療指針を表明しているため、1歳半や3歳の歯科健診で切開が必要と判断された舌小帯患者が、小児科を受診すると「手術は必要ない」と言われてしまうといった混乱が医療現場で起きています。

私も微力ながら小児科学会、小児外科学会、新生児成育医学会などで舌小帯手術の有効性を訴えてきましたが、残念ながら未だこれら小児関連学会に治療指針見直しの動きはみられません。

舌小帯短縮症の症状

  • 舌小帯短縮症の症状
  • 舌小帯短縮症が哺乳、咀嚼・嚥下、発音、呼吸、その他社会的活動に障害をもたらすことは前に述べました。 哺乳障害には赤ちゃん側の障害と母親側の障害があります。赤ちゃん側の障害には浅飲み、外れやすい、眠り飲み、哺乳に時間がかかる、頻回授乳、体重が増えない、不機嫌などがあります。母親側の障害には乳頭の亀裂、乳頭痛、乳腺が詰まりやすい、乳腺炎を繰り返す、乳汁分泌の減少、ストレス、不眠、マタニティー・ブルーなどがあります。

母乳外来では哺乳が下手で体重が増えないとミルクを追加するか、ミルクに変えるよう指導されることが多いと思います。しかしミルクでなんとかこの時期を乗り切っても、離乳期に入り固形物の咀嚼や嚥下が上手くできない場合があります。また幸い咀嚼・嚥下はできたとしても3歳頃から舌先を使うラ行、サ行、タ行などの発音が上手にできないという問題が発生します。

その他社会生活上の支障としては、アイスクリームコーンやペロペロキャンディーが舐められない、うどん、ラーメンが上手くすすれない、ストローで吸えない、リコーダー、クラリネットといった吹奏楽器が上手く吹けない、キスが下手など、があります。

なお本疾患の一層の理解のために当院ホームページ「舌小帯外来」「舌小帯短縮症について」「上唇小帯短縮症について」をご覧ください。

舌小帯スコアを考案

前述の日本小児科学会新生児委員会が「一部に舌小帯を不必要に切断している」と批判しているように従来、適応が曖昧のまま切開が行われていたのは確かです。そこで私は10年前に舌小帯評価スコアを考案し、重症度を評価して手術適応を決めるように致しました。

新生児・乳児用と幼児用がありますが、評価項目は舌への付着位置、口腔底への付着位置、舌を出した時の先端の形、舌の挙上(きょじょう)(幼児では舌出し)、哺乳(幼児では発音、摂食・嚥下)の5項目で、各項目2点が正常所見なので、合計10点が正常です。スコア7点以下を手術適応とし、スコア0~3点を高度、4、5点を中等度、6、7点を軽度と判定し重症度の目安にしています(実用新案登録第3223997号)(図1、2)

昔とは違う最近の舌小帯手術

舌小帯切開に対して「無麻酔で舌小帯の一部だけをハサミでチョンと切る程度の処置はほとんど意味がない」と批判する人がいます。私は必ずしも意味がないとは思いませんが、それで症状が十分改善しなかった人がいたことは否定しません。

こういった症例への反省から、私はゼリー状の局所麻酔薬を舌の裏に塗って、舌小帯を細いハサミで舌の根元まで十分に切り込んでいます。そのため創口はダイヤモンド形ないし紡錘(ぼうすい)形になります。出血量は昔の「チョンと切るだけ」に比較すると多少増えましたが、通常5分程度のガーゼによる圧迫で止血できます。

もう1つ昔と違って、最近、哺乳には舌だけではなく上唇も重要な役割を担っていることが認識されるようになり、哺乳不良や乳頭痛がある場合は、舌小帯切開のみでなく上唇小帯切開も同時に行うようになりました。これによって症状の改善率は一段と向上致しました。今まで舌小帯だけを切開しても期待したほどの哺乳改善が得られなかったとすれば、上唇小帯を放置したことに原因があったと思われます。

再癒着防止のためには術後のストレッチが大切

新生児、乳児など低年齢で手術することへの反対意見に、「術後再癒着して瘢痕が形成されると、かえって事態を悪くしてしまう可能性がある」というのがあります。そこで最近では、術後、家で舌を持ち上げるようにストレッチを行ってもらい再癒着の防止に努めています。もし外来フォローで再癒着を認めた場合は、指による剥離を行っています。



おわりに

最近の舌小帯手術は昔とは異なることをご理解いただけたでしょうか?

20年前の批判に耐えられるように、現在、舌小帯短縮症の手術適応、手術方法、術後ケアは改良されています。当院は舌小帯切開を推奨する全国でも数少ない病院の1つです。全国にはまだこの手術の恩恵を受けられずに我慢を強いられているお子さんや親御さんが大勢いらっしゃいます。当院で行っている手術は欧米の標準的な治療です。欧米並みの治療が全国どこでも受けられるように手術の普及を図っていきたいと思います。



舌小帯評価スコア(新生児・乳児)
舌小帯評価スコア(舌小帯評価スコア(幼児)