広報紙 vol.76しんゆりニュースレター

2024/9/1掲載

糖尿病・内分泌代謝内科特集

糖尿病・内分泌代謝内科特集|広報紙

大きく変わる糖尿病・肥満治療、意外に多い内分泌疾患

  • 新百合ヶ丘総合病院
    糖尿病・内分泌代謝内科 部長
    糖尿病センター長、糖尿病研究所長
    さくら ひろし
    佐倉  医師
  • 【プロフィール】
    1982年東京大学医学部卒業。84年自治医科大学内分泌代謝科シニアレジデント。91年東京大学医学部附属病院第三内科助手。94年英国オックスフォード大学生理学研究室リサーチサイエンティスト。99年東京女子医科大学糖尿病センター講師。2007年東京女子医科大学糖尿病センター准教授。12年東京女子医科大学東医療センター(現附属足立医療センター)内科教授。24年現職。
  • 糖尿病・内分泌代謝内科では、糖尿病、代謝疾患、内分泌疾患を担当しています。糖尿病は「予備軍」を含めると日本に2,000万人、6人に1人の方が罹っている非常に頻度が高い疾患です。そして、未治療のまま放置、あるいは治療を中断してしまうと、何年も先に様々な合併症が起き命にかかわることさえあるので、予防、早期発見、早期治療が何より大切です。

    代謝疾患も頻度が高く、脂質異常症(高脂血症)、痛風・高尿酸血症、肥満症が代表的な疾患です。予防、早期発見、早期治療がやはり重要で、放置すると、脳卒中、心筋梗塞、慢性腎臓病、足壊疽などの重大な合併症が起きてしまう可能性が高くなります。

    糖尿病や肥満症は専門医にかかっていても治療目標を達成するのがなかなか困難でしたが、ここ数年有効性の高い新薬が次々に登場してきており、治療成果が大幅に向上しつつあります。ただ、安易に新薬を用いると副作用も起こりやすいので、病状を的確に評価して適切に治療薬を選択しなければなりません。ここが我々専門医の腕の発揮のしどころです。

  • 内分泌疾患は少ないという印象があるかもしれませんが、当科では甲状腺疾患を中心に多くの疾患を診療しています。内分泌疾患を疑って積極的に検査すれば意外に多く見つかります。最近も、負荷試験を駆使するなどして稀な内分泌疾患を診断し、治療がうまくいった例があります。

    近年、SNSやAIなどの発達により、世の中は膨大な情報で溢れています。残念ながら、宣伝目的の歪曲された情報や誤った情報も多いのが実情です。当科で扱う疾患も例外ではありません。我々は正しい医療情報を「つかい、つたえ、つくる」使命があることを肝に銘じながら、日々の診療に取り組んでいます。そして、高度な専門医療で地域医療を支援することを目指しています。

    最後に、現代の医療は医師だけで行うことはできず、様々な職種のスタッフとともに医療を提供することが重要です。当科が扱う疾患は食事療法・運動療法・薬物療法が特に重要であり、医師、看護師、管理栄養士、薬剤師、臨床検査技師、理学療法士、医療事務がチームを組んで、通院される方や支える家族の方に寄り添い、最善の治療を提供していきたいと思います。

【目次】

藤原道長も苦しんだ糖尿病とその合併症

  • 藤原道長の肖像画とインスリン結晶をモチーフにした記念切手藤原道長の肖像画とインスリン結晶をモチーフにした記念切手
  • 今年の大河ドラマ「光る君へ」の準主人公である藤原道長は1027年に62歳で亡くなっていますが、その様子を藤原実資が日記の「小右記」に、①のどが渇いて水を多量に飲む・身体が痩せて体力がなくなった、②目が見えなくなった、③背中に腫物ができた、と記載しています。

この記載を解釈すると、

  1. 血糖値がおよそ300 mg/dL以上になると、(ブドウ)糖が大量の尿とともに排泄されます。その結果脱水状態となり、「のどが渇いて水を多量に飲む」のです。そして、エネルギーとしての糖が失われるので、「身体が痩せて体力がなくなる」のです。典型的な糖尿病の高血糖症状です。
  2. 上記のような著明な高血糖には至らなくても、平均の血糖値を反映するHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)値が8%以上の状態が何年も続くと、下図のように全身に様々な合併症や併発疾患が起きます。内臓脂肪型肥満に、糖尿病もしくは耐糖能異常(糖尿病予備軍)、高血圧症、脂質異常症などが揃ったメタボリックシンドロームは大血管障害(動脈硬化)の危険因子です。藤原道長が「目が見えなくなった」原因は網膜症か白内障と思われます。
  3. 血糖値が高いと免疫力が低下して、様々な感染症が起きやすくなります。「背中の腫物」は糖尿病の併発疾患としての皮膚感染症と考えられます。その後、敗血症か多臓器不全となって亡くなったのではないかと思われます。
耐糖能異常/糖尿病とその合併症耐糖能異常/糖尿病とその合併症

藤原道長の時代とは異なり、現在は血糖値もHbA1c値も1時間で結果が出ますので、糖尿病かどうかすぐに診断できます。糖尿病と診断されてすぐに治療を開始すれば、合併症で苦しむことはほとんどありません。予防、早期発見、早期治療が何より重要です。

糖尿病の発症機序と分類

膵臓で作られる「インスリン」は、糖尿病の発症を考える上で最も重要なホルモンです。血液中に分泌されるインスリンが少ない状態(インスリン分泌低下)に、インスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性)が加わると、筋肉、肝臓、脂肪組織などの臓器でブドウ糖が利用できなくなり、血液中のブドウ糖濃度が高くなり糖尿病となります。

インスリン分泌低下には、加齢、遺伝、免疫異常、高血糖などが関与し、インスリン抵抗性には過食、運動不足、肥満、ストレスなどが関与します。

当科のような専門施設で診療するのが望ましい病態当科のような専門施設で診療するのが望ましい病態

免疫異常により膵β細胞が破壊されて、インスリン分泌が低下~枯渇して起こるのが糖尿病の約5%を占める「1型糖尿病」で、インスリン治療が必要です。「2型糖尿病」は遺伝要因および加齢によるインスリン分泌低下に、過食、運動不足、肥満などのインスリン抵抗性が加わって発症します。日本人の3人に1人は遺伝的にインスリン分泌が低下していると考えられており、そのためインスリン抵抗性がそれほど大きくなくても糖尿病になってしまいます。日本には糖尿病は1,000万人いると見積もられており、その約90%が2型糖尿病です。

大きく変わった糖尿病の治療、変わらない食事・運動療法の有効性

糖尿病の治療の基本は数十年前から、食事療法、運動療法、薬物療法(注射製剤と経口薬)と変わりませんが、それぞれの内容は最近大きく変わってきています。

  • 食事療法イメージ食事療法イメージ
  • 食事療法の基準となる1日のエネルギー摂取量は、「目標体重×エネルギー係数」で計算されます。目標体重は体格指数(BMI)=22で計算しますが、フレイルやサルコペニアのリスクがある高齢者では22~25と高めに設定します。エネルギー係数も普通労作の方は30~35kcal/kgと数年前より高い目安となっています。

  • 運動療法イメージ運動療法イメージ
  • 運動療法では、歩行・水泳などの有酸素運動のほかに、腹筋や腕立て伏せなどのレジスタンス運動、ステップ練習や太極拳などのバランス運動も推奨されます。

薬物療法では、低血糖を起こすことなく、血糖改善効果、体重減量効果、合併症抑制効果の大きい薬剤が次々に開発されています。特にSGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、GIP/GLP-1受容体作動薬の効果は我々専門医でも驚くほどで、治療成果が大幅に向上しています。また、最長14日間継続して皮下ブドウ糖濃度(ほぼ血糖に一致)を測定することができる持続血糖測定(CGM)が普及してきており、血糖管理に非常に役立つツールとなっています。

薬物療法イメージ薬物療法イメージ

このように、治療薬や機器の進歩は非常に望ましいことですが、考えてみれば1950年頃までは糖尿病は稀な疾患でした。この当時までは「空腹である」ということが日常的であり、子供達は遊んでいても「腹が減った」から家に帰っておやつを食べていたのです。また、運動療法として、よく「1日1万歩を目標に歩いてください」と指導しますが、これは1日5~8kmに相当します。江戸時代には、一生に一回は江戸から伊勢・京都・大阪に旅するのが庶の夢でしたが、当時人々は重い荷物を背負って、石ころもある舗装されていない道を箱根の山も越えながら、1日20~50km(4~6万歩)歩いていたと推定されています。

一方、現代人の大半は「腹が減った」経験もほとんどなく、あまり歩かないで済む、いわば「藤原道長」的な生活を送るようになったので、糖尿病は爆発的に増えてしまったのです。

医療連携を上手に利用しましょう

糖尿病、代謝疾患、内分泌疾患は生涯付き合っていく病気です。右表のような病状の時は、我々のような専門医を受診し、場合によれば入院治療を行うのが良いでしょう。しかし、治療方針が決まって病状が安定したならば、近くて待ち時間の少ない「かかりつけ医」に通院するのが望ましいと思います。専門医とかかりつけ医は情報提供書を介して密接に医療連携を行いますので、安心して両方の施設で診療を受けることが可能です。

〈当科のような専門施設で診療するのが望ましい病態〉

  1. 急性合併症
    ⇒糖尿病性ケトアシドーシス、高浸透圧高血糖症候群
  2. 血糖管理が困難、インスリン導入・調整が必要
    ⇒1型糖尿病、インスリン分泌が枯渇した2型糖尿病
    ⇒連続皮下ブドウ糖濃度測定(CGM)の導入
    ⇒目標とする血糖コントロール達成困難
  3. 糖尿病学習(教育)入院
  4. 中等度以上の合併症・併発疾患: 他診療科と連携する
  5. 糖尿病合併妊娠、妊娠糖尿病: 産婦人科と連携する
  6. 精査が必要な代謝・内分泌疾患

糖尿病・内分泌代謝内科医師紹介

糖尿病・内分泌代謝内科 医師紹介ページ

①専門分野/得意な領域 ②卒業大学 ③専門医・指導医・資格・公職等
  1. 佐倉 宏(糖尿病・内分泌代謝内科部長、糖尿病センター長、糖尿病研究所長)
    ①糖尿病を中心とした内分泌代謝領域/内科全般 ②東京大学医学部 ③日本糖尿病学会専門医・指導医/日本内分泌学会専門医・指導医/日本内科学会総合内科専門医/日本専門医機構内分泌代謝・糖尿病内科領域指導医/医学博士
  2. 宮﨑 岳之(糖尿病・内分泌代謝内科医長)
    ①糖尿病・内分泌代謝領域全般 ②佐賀医科大学医学部
  3. 江藤 瑠麻(糖尿病・内分泌代謝内科医員)
    ①糖尿病・内分泌領域全般 ②宮崎大学医学部 ③日本専門医機構認定内科専門医
  4. 山根 貴裕(糖尿病・内分泌代謝内科医長)
    ①糖尿病・内分泌領域全般 ②神戸大学医学部 ③日本専門医機構認定内科専門医

【非常勤】

  1. 岩本 安彦(①糖尿病・内分泌領域全般 ②東京大学医学部 ③日本糖尿病合併症学会名誉会員/日本糖尿病学会指導医・専門医/日本内科学会認定医/日本糖尿病財団理事長/医学博士