ドクターコラム

残存腎機能の重要性
~PDファーストという考え方~

血液浄化療法センター長/腎臓内科・透析内科統括部長 篠﨑 倫哉

掲載日:2023年2月9日

残存腎機能の重要性(PDファースト)

  • 腎臓の機能
  • 腎臓の機能は体液の恒常性維持、尿毒素の排出だけでなく、貧血を是正する、骨を正常に保つなど、生命維持のうえでさまざまな役割を担っています。

    このかけがえのない腎機能を守るために、保存期腎不全外来では薬物療法や食事療法など、患者さんと医療従事者がタッグを組んで治療していますが、今まで透析開始後の腎機能にはあまり注意が払われてきませんでした。

しかし腎機能が低下したとはいえ、まださまざまな働きをしているのです。透析導入となっても、残った腎機能を維持されている方のほうが長生きしているというデータもあり、最近透析患者さんの残存腎機能が注目されるようになってきました。

透析療法には腹膜透析(PD)(注1)と血液透析(HD)とがありますが、PDはHDに比べて残存腎機能を保持できることが明らかなことから、最近注目を集めています。そこで残存腎機能が保持されている透析導入期に、まずPDを導入する「PDファースト」という考え方が広まりつつあり、当院ではその考え方を重視して患者さんにご説明を行っています。

注1)腹膜透析とは、お腹の中に透析液を入れ、体内の腹膜を利用して血液を浄化する方法です。PDとはPeritoneal(腹膜)を使ったDialysis(透析)の略。

なぜ腹膜透析(PD)は普及してこなかったのか

しかし現在、わが国では96%前後の方が血液透析で治療されています。どうしてPDはこれまで普及してこなかったのでしょうか。その理由の1つに、PD患者さんの数が少なく、腎不全治療に携わる医師が、PD治療のきちんとしたトレーニングを受けられない現状があります。

腹膜透析(PD)治療をよく知らない医師は、患者さんにPDを勧めず、患者さんは暗に血液透析(HD)に誘導されてしまいます。その結果PD患者さんの数は増えず、ますます医師はトレーニング不足になるという悪循環に陥っていったのです。そして医師の中には、HDこそが腎不全治療の王道であるとか、PDは選ばれたやる気のある患者さんしか導入してはならないなどの偏見が今でもあります。

かくいう私もそうした偏見を持っていました。しかし、PDで元気に暮らしている患者さんを見るにつけ、大きく考えを変えることになったのです。当院では積極的にPDファーストに取り組み始め、今では導入期にPDを選ぶ患者さんは50%ほどに上昇しました。

PDは決して選ばれた患者さんしか取り組めない特別な治療ではありません。自分で行う治療だから高齢者には向かないという声もよく耳にしますが、実際には高齢者の方ほどPDに向いていることが、私どものデータで明らかになっています。また自分の命を守るために自分自身でできることがまだあるというのはその方の人としての尊厳を保つ意味でも大きなことであると考えます。

腹膜透析(PD)の新しい考え方

腹膜透析(PD)のもつ最大の利点はなんといっても残存腎機能が保てることですが、その理由の1つは、PDは自分の腎臓と同じように24時間継続して透析を行うことに意味があります。血液透析(HD)のような間欠的治療ではどんなに透析時間を長めに設定しても、透析を受けていない時間が存在します。その間血液中の尿毒素も体液量も増加し、体に負担がかかってきます。

しかし、PDにも限界があります。現在の技術では残存腎機能がなくなった患者さんは、PDだけでは透析不足に陥りがちです。自覚症状はあまりなくとも、肌の色が黒ずんでくる、尿毒症臭が強くなる、貧血のコントロールが困難になるなど、自覚しないところで体調は悪くなっているのです。そうした時期の患者さんに対し、日本ではPDに加えて週1日HDを行う併用療法が実施可能となっています。

以前は長期にPDを施行すると腹膜が硬化して被嚢性硬化性腹膜炎(ひのうせいこうかせいふくまくえん)のリスクが高まるため、PDの施行期間は数年と制限することを勧められていた時期もありました。しかし近年透析液の改良と進歩により、こうした合併症はほぼ克服されており、PDの安全な施行期間は明らかに伸びています。ただしHDを最初に行うと、どうしても残存腎機能は早くなくなります。尿が出なくなってからPDに変更しても、残存腎機能を保つというPDの良さを放棄しており、また透析不足に陥りやすい点からもお勧めできません。

つまり、透析の最初に選ぶべきはPDかHDかではなく、「最初にPD」(PDファースト)という治療を挟んで残存腎機能を大事にしていくか、ストレートにHDにいってしまうか、という選択なのです。

PDとHDは対立する概念ではなく、単に治療の時期が違うだけであり、PDとHDを比較して思い悩むことは実は意味のないことなのです。

残存腎機能を長く保つことが、QOL(生活の質)の高い透析生活をより長く維持できるというデータが出ていることを、みなさんに知っていただきたいと思います。