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2018年6月号 ドクターコラム

酸素は健康に有益か?

脳神経外科 北原 行雄

酸素は健康に有益か?

サッカーW杯 2018 が開幕しました。

「ベッカムカプセル」を覚えてらっしゃいますか?サッカーW杯 2002大会イングランド代表 デビッド・ベッカムが大会直前に骨折し、出場が危ぶまれる中、酸素カプセル治療で復活を遂げ、「ベッカムカプセル」と呼ばれました。高濃度酸素(高酸素分圧環境)は体に良いのでしょうか?

一方で「加圧トレーニング」と言うトレーニング手法があります。
四肢の基部を適度に圧迫し筋血流を制限し、四肢を虚血・低酸素にした状態でのトレーニングです。2017年35歳で陸上世界選手権100m走優勝のジャスティン・ガトリン、同じく35歳でウィンブルドンを制したロジャー・フェデラーが筋力の衰える年齢的ハンディキャップを乗り越える為、加圧トレーニングを取り入れていました。
低酸素状態こそが体に良いのでしょうか?

未だ、議論のある部分もありますが、「高濃度酸素も低酸素状態も局面によっては どちらも有益となりうる」と言うのが現時点での結論かと思われます。

(A)高濃度 (高酸素分圧) 酸素

① 高圧酸素療法が治療として確立している病態・効果が期待されている病態がある高圧タンクによる高圧酸素治療は通常大気圧の2倍の2気圧環境下で1時間、100%酸素 又は空気(酸素分圧としては各々10倍・2倍となります)を吸入する治療法です。


1) 減圧症・潜水病において、高圧酸素療法は唯一絶対の治療法として確立されている

2) 酸素の運搬が低下している病態において高圧酸素療法の有用性が確立している

 (代表的な適応疾患: バージャー病・一酸化炭素中毒)

3) 身体内のガスの容積を小さくできる (代表的な適応疾患:腸閉塞・空気塞栓)

4) 細菌 (特に嫌気性菌) 感染症に対し、滅菌作用を増強する。

5) 骨折等の創傷治癒促進が期待されている (「ベッカムカプセル」はこれですね)


② 健常者に対しては


1) 高酸素分圧環境下での運動では疲労が軽減される (ほぼ確立している)。

同じ強度の運動を負荷した場合、高酸素分圧環境下では、血中、筋中乳酸濃度が減少し、

筋グリコーゲン消費も抑制される事が実証されている。

2) 運動後の高分圧酸素を吸入に関しては疲労回復が期待されている
 (期待されているが、確立しているとは言えない)

2006年 斎藤佑樹投手が甲子園で活躍した時にも酸素カプセルを使用していたことが話題となりました。

2008年 北京オリンピックでは、酸素カプセルが疲労回復目的に使用され、2012年 ロンドンオリンピックでは、マルチ・サポートハウスへの酸素カプセルの持ち込みが許可されました。

(B)「加圧トレーニング」(血流制限下トレーニング)

① 概要
「加圧トレーニング」とは、「四肢の基部を専用の加圧ベルトで適度に加圧し、血流制限を加えた状態で行うトレーニング法です。
通常の運動方法では、筋肥大や筋力増強を目的とする場合には、最大挙上重量の65~70%以上の負荷強度を必要とします。これに対して、血流制限下では、20~50%程度の低強度でも、筋肥大や筋力増強が期待できます。


② 加圧トレーニングによる筋肥大機序

血流制限により筋への酸素供給が低下し、乳酸などの代謝産物が蓄積します。このため、

1) 一定の筋力を維持ために通常の運動方法では動員されない速筋線維が順次動員される

(筋電図等で確認されている)

2) バンド開放後に乳酸が一気に全身に還流し、筋タンパク質合成酵素の誘導と下垂体での

成長ホルモンの分泌増加をきたす(実験的に確認されている)

3) (機序に関して、現時点では完全に解明されたとは言えず、未知の因子関与が推定されている)


③ 加圧トレーニングの活用
「加圧トレーニング」はアスリートの筋力増強に利用されていますが、医療現場では「(特に心疾患における)リハビリに、更には疾患 (サルコペニア・フレイル) 予防、健康増進・アンチエイジングへの応用が期待されています。高濃度酸素では特定の疾患の治療以外にも疲労軽減・回復の効用が期待され、低酸素下運動負荷は筋力増強に加え 疾患予防 健康増進等 様々な効用が期待されています。
ただ、行き過ぎた高酸素分圧は酸素中毒を、急激な減圧は減圧症を惹起します。
以前は酸素カプセルといえばトレーニングジムや健康ランド等の業務用でしたが、最近は通信販売で気軽に家庭でも購入出来るようになりました。性能も今まではせいぜい 1.5気圧までが限度でしたが、最近ではパーツ交換で2.0気圧までの加圧が可能な製品も出回っています。今後も更に高性能な(別の言い方をすれば重大な事故を起こせるだけの能力のある)製品が出回ることが予想されます。
加圧トレーニングに関しても不適正な加圧下で重大な事故 (挫滅症候群や横紋筋融解症)の発生が報告されており、加圧トレーニング学会ではトレーニング中は専門トレーナーによる個別管理を推奨しており、一人のトレーナーが多人数を同時に指導することを禁止しています。

このコラムを読んで酸素カプセル・加圧トレーニングに興味を持たれた皆様方も、是非使用法・運用法を遵守し、事故の無いよう健康維持増進にお役立て下さい。