2021年3月号 ドクターコラム

頭痛事始め その3
「脳振盪と頭痛」

脳神経救急・外傷センター センター長 鈴木 倫保

「ドクターコラム」の読者の方々に、巻1に引き続きいて交通事故やスポーツ外傷が原因の慢性頭痛のお話をします。最近ではその原因の1つとして「片頭痛」も関与していることが大きな話題になっており、予防薬や治療薬も開発されています。

一方、頭部外傷の世界でこの10年でにわかに注目されてきたのは「脳振盪」です。その後遺症の1つである頭痛の問題点と治療に迫ってみたいと思います。

慢性外傷性脳症

ウィル・スミス主演の映画「Concussion(脳振盪)」(2015年制作)を覚えている方もおられると思います。元アメリカンフットボールの有名な選手の謎の死を発端として、脳振盪が「慢性外傷性脳症(CTE:Chronic Traumatic Encephalopathy)」を引き起こすことを主題に描かれています。

実際に、アメリカのナショナル・フットボール・リーグ(NFL)は本疾患による脳症状を抱える元選手達から訴訟を起こされて、2013年8月、損害賠償総額7億6500万ドル(約918億円)で和解案を受け入れたようです。慢性外傷性脳症は、以前ボクシングで見られたパンチドランカー(故モハメド・アリさんや故たこ八郎さん)と呼ばれた脳の病態で知られていました。

複数回の脳振盪等の頭部外傷に起因して、数年~数十年の経過で他の認知症と同様に、「タウ」というタンパク質が進行性に脳に蓄積して発症します。記銘力低下、攻撃性、錯乱、抑うつ状態などの認知症症状や、体の震え・歩行障害等のパーキンソン病様の症状を呈するようになります。

典型的にはコンタクトスポーツ選手にみられますが、米国では脳振盪や爆傷を受けた兵士にも見られています。脳振盪を含む軽度な頭部外傷を何度も受けた人の中でも、なぜ特定の人だけが慢性外傷性脳症を発症するのか、どの程度の回数や強さによる打撃を受けると発症するのかはまだよく分かっていません。最近ではPETにより脳内のタウが可視化されてきましたので、さほど遠くない将来に決着を見るでしょう。

脳振盪(のうしんとう)

慢性外傷性脳症が、欧米を中心に熱く議論されたために、脳振盪への注目が急速に高まっています。さらに、先進国では高エネルギー外傷(交通事故等)が減少し、軽症例や高齢者が増加したことも脳振盪研究が進歩した理由の1つです。

特にスポーツ頭部外傷では厳格な診断基準が定着しており、脳振盪を起こした選手は当日の試合復帰はおろか、通常の練習に復帰するまで1週間以上のプログラムが組まれています。

昔のように、魔法の薬缶で水を掛けて試合続行の様なシーンは現在では見られません。診断にはSCATと言う方法が多く用いられています(図1)。

(図1)スポーツ外傷における脳振盪の診断:SCAT 神経外傷 39巻 2016より
  • (表1)脳振盪の症状
    1. 一時的な混乱、見当識障害
      (どこにいるか分からない等)
    2. 記憶障害
    3. 複視(二重に見える)
    4. 光に対する過敏性
    5. めまい、平衡感覚障害
    6. 頭痛
    7. 吐き気と嘔吐
    8. 聴覚、嗅覚、味覚障害
  • 一方、ガイドラインでは脳振盪を診断する他覚的方法はないと書かれており困りますが、一般的には一過性の脳症状(表1)が有る患者さんで、画像診断で脳の損傷が無いものとされております。

  • (表2)脳振盪後症候群:
    以下の8症候のうち3症候以上あれば診断される
    1. 頭痛
    2. めまい
    3. 疲労感
    4. 過敏
    5. 睡眠障害
    6. 集中障害
    7. 記憶障害
    8. 情緒/感情等の許容障害
  • 問題は受傷後長く続く脳振盪後症候群です(表2)。国際疾患分類(ICD 10)では、受傷後3ヶ月以上続く表2のような症状が3つ以上有れば診断され、20%以上の脳振盪例が症状を後遺し、1年経っても15~25%の患者さんに症状が残っているという報告もあります。

症状の中では頭痛が認知機能障害と並んで多く、且つ片頭痛に似ていることが最近指摘されています。米国の兵士が演習や戦地で被った脳振盪後では頭痛が多く発症し、特に前兆の有る「片頭痛」のタイプが30%以上を占めます(文献2)。

片頭痛とCGRP

「頭痛事始め その2」では多くは触れませんでしたが、片頭痛の原因の1つに皮質拡延性抑制(CSD: cortical spreading depression)があります。脳細胞(神経細胞やグリア細胞)が、通常の発火やてんかんの際の神経細胞の興奮の何百倍も大きく・長く一過性に過剰興奮して、その波が一分間に数ミリメートルというゆっくりした速度で大脳皮質を移動する現象です。多くは脳血流の一過性の上昇と低下を伴います(図2、図3)。

図2 皮質拡延性抑制の波 図2 皮質拡延性抑制の波

典型的な片頭痛の前兆である「閃輝性暗点」(視野の中のチカチカが動いていく)が起こった際の脳血流低下が、後頭葉の先端から始まり、前方に進展する様子が画像で初めて捉えられたのが図3です。

図3 Functional MRIで捉えられた皮質拡延性抑制 図3 Functional MRIで捉えられた皮質拡延性抑制 :
閃輝性暗点(目のチカチカが動いていく片頭痛の前兆)が起こった際の脳血流低下が、
後頭極から始まり前方に進展する様子が画像で初めて捉えられた。(文献3より)

最近、脳振盪ではCSD発生の頻度が高く(文献2)、CSDが起こると、片頭痛の原因物質の1つである三叉神経から脳の血管に放出されるCGRP(calcitonin gene-related peptide)が大量に誘導されることが分かってきました(文献4)。

最近、欧米ではCGRPそのものや受容体に対する抗体、或いは受容体拮抗薬が開発されて、片頭痛の予防や急性期治療のデータが集まりつつあります。この状況を考えると、我が国でも頭部外傷後の脳振盪後遺症などの慢性頭痛の患者さんが、CGRP抗体や受容体拮抗薬で治療される日も近いと思います。

【文献】
  1. Boake C, et al. Diagnostic criteria for postconcussional syndrome after mild to moderate traumatic brain injury. J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 2005 17(3):350-6.
  2. Bouley J, et al. Cortical Spreading Depression Denotes Concussion Injury. J Neurotrauma. 2019 Apr 1;36(7):1008-1017.
  3. Hadjikhani N, et al. Mechanisms of migraine aura revealed by functional MRI in human visual cortex. Proc Natl Acad Sci U S A. 2001 Apr 10;98(8):4687-92.
  4. Wang Y, et al. Induction of calcitonin gene-related peptide expression in rats by cortical spreading depression. Cephalalgia. 2019 Mar;39(3):333-341.