2020年10月号 ドクターコラム

頭痛事始め その1
「むち打ち症と髄液」

脳神経救急・外傷センター センター長 鈴木 倫保

「ドクターコラム」の読者の方々は、医療の様々な方面に関心をお持ちで、目も耳も肥えていらっしゃると思います。今回は、最近様変わりしつつある頭痛の診断・治療について新たな流れを何回かに分けてお話します。
まず、第一回は「むち打ち症と脳脊髄液減少症」です。

  • 国際頭痛分類第3版(図1)「国際頭痛分類第3版」
  • 交通事故やスポーツ外傷が原因の頭頸部外傷後の慢性期に、頭痛を訴えられる患者さんは結構いらっしゃいますが、結構難問なために外来で頭をひねる事も多々あります。私は日本頭痛学会の指導医ですが、頭痛診療のバイブルである「国際頭痛分類第3版」(図1)にはよく御世話になります。しかし、バイブルの当該部分の冒頭には「頭頸部外傷による頭痛はしばしば原因不明」と記載されており、がっかりします。とは言ってもリスクの高い患者さんのグループも記載されています。

  1. 頭頸部の病理学的変化に、心的・社会的ストレスが加わった方
  2. 頭痛の既往が有る方
  3. 女性
  4. 精神障害が併存する方
  5. 薬物の使用過多の傾向がある方
  6. 低髄(液)圧性の病変のある方
  • 国際頭痛分類第3版(図2)「頭部外傷治療・管理のガイドライン第4版」
  • また、脳神経外傷学会指導医でもありますので、そのバイブル「頭部外傷治療・管理のガイドライン第4版」を紐解きますと・・・

    1. 低髄液圧症候群
    2. むち打ち症

    以上の僅かな記載しか有りません。少なくとも頭頸部外傷を専門とする医師は、頭痛には興味が無いのでしょう。私も、もらい事故でむち打ち症となって、頭頸部に慢性的な痛みを感じていた時期もありますので、人ごとではありません。 それでは、歴史の流れに沿ってお話しましょう。

むちうち症

むちうち症 (Whiplash syndrome)は、古くから頭頸部外傷後の慢性頭痛の原因の一つとされ、整形外科領域では「外傷性頚部症候群」とも呼ばれています。一般的には1995年にその本体は「頸部軟部組織の損傷」であり、頭頸部外傷後の慢性頭痛の直接的な原因では無いと理解されています(文献1)。但し残された問題は、頭頸部外傷後の慢性頭痛の原因と誤解されているむち打ち症後遺症の法的問題と、事故の補償制度に有ると言われています。

脳脊髄液減少症

ところが、2001年の国内のとある学会で、「頚椎捻挫(むち打ち症:筆者註)に続発した低髄液圧症候群・・・」と言う演題が発表されて以来、あたかも難治性の頭頸部外傷後の慢性頭痛の原因が、むち打ち症ではなく低髄(液)圧症候群(後に一時的に脳脊髄液減少症と呼ばれる事もあった)と誤解されてしまいました。

皆様は「交通戦争」を覚えていらっしゃいますか?・・・第一次は1970年がピークでしたが、実は第二次もあり1990年がピークでした。先ほどの学会発表は、第二次「交通戦争」の後半にあたり、交通事故が年間100万/件超、むち打ち症推計年間20万超と、多数発生した時期に当たります。そのため、頭頸部外傷後の慢性頭痛に悩む多くの患者さんや家族が、藁をもつかむ思いで新たな原因とされた脳脊髄液減少症に殺到しました。交通事故後遺症の責任を問う司法の場でも議論がなされ、多くの自治体や国会議員にも陳情がなされた結果、第159通常国会でもこの問題が議論されました。「鞭打ち症患者支援協会」が「脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」と名称を変えたのも、この時期でした。

  • 脳脊髄液漏出症 診療指針(図3)脳脊髄液漏出症 診療指針
  • その国会で厚労省は解決を約束したため、脳脊髄液減少症の原因・診断・治療を検討する研究班を組織しました。しかし、脳脊髄液量は計測不可能なために、その後病名は脳脊髄液減少症から脳脊髄液漏出症と変更され、診断・診療ガイドラインが策定され(図3)、2016年やっと治療法としてのブラッドパッチ(図4)が保険診療として認められたわけです。しかし、厚労省の研究班の中でも、脳脊髄液漏出症が全てでは無く、診断も困難である事が理解され始め、用語も混乱しているようです(図5)。

  • ブラッドパッチ
  • (図4)ブラッドパッチ (脳脊髄液漏出症 診療指針より)
    脊髄の硬膜外に自家血を注入して、髄液の漏出を止める

  • 指針中の脳脊髄液漏出症の概念
  • (図5)指針中の脳脊髄液漏出症の概念(脳脊髄液漏出症 診療指針より)
    脳脊髄液減少症は使用されなくなりつつあるが、診断方法の違いや、歴史的な概念の理解から、脳脊髄液漏出症や低髄圧症等の用語の混乱が見られる。

低髄液圧症候群

一方、日本脳神経外傷学会の「頭部外傷治療・管理のガイドライン第4版」をみれば、頭頸部外傷後の頭痛の原因(特に起立性或いは体位による頭痛)に「低髄(液)圧症候群」があげられて、以下のように診断基準が定まっています。

  1. 外傷後30日以内に発症
  2. 外傷以外の原因を否定
  3. 起立性頭痛or体位による症状の変化が前提 + 以下の何れか1項目
    1. 造影MRIでびまん性の硬膜肥厚増強
    2. 腰椎穿刺にて低髄液圧(60mmH2O以下)
    3. 髄液漏出を示す画像所見

原因は脳脊髄液の漏出であるので、治療法は安静臥床、補液、ブラッドパッチ等脳脊髄液漏出症と同じです。我々の経験では、上記の診断基準に合致する症例は多数ではありませんがいらっしゃいます。また、診断基準が厳格なので、治療効果は高いと感じています。

  • 正常と髄液漏出或いは低髄液圧状態の脳(図6)正常と髄液漏出或いは低髄液圧状態の脳 
  • ここで、頭痛と髄液の漏出或いは低髄(液)圧をまとめてみましょう。これまで言われていることは、1)髄液が脊髄の方で漏れて圧力が下がると、脳が下降する、2)脳が下降すると血管が引っぱられる、3)引っ張られた脳血管は痛みを感じる・・・と考えられています。(図6)

従って、頭を高くする(起立、座位のような)姿勢は、低髄液圧を助長するので頭痛が悪化するのが普通です。しかし、このように診断と治療が混乱している原因は、21世紀の今日でも、髄液が何処で産生されて、何処を通過して、何処で吸収されるかが、完全には解っていないことです。更に、髄液が漏れても髄液圧は低下しないこともあり、髄液の漏れが証明されないのに低髄圧となったり、不明な点が未だに多数残っています。「頭頸部外傷による慢性頭痛」の一部は、髄液が漏出して低髄圧となり発症していると思いますが、起立性の頭痛ではない患者さんや、画像や髄液の所見から低髄液圧が証明されない方が大多数であり、それらの方々の頭痛の原因は異なっている可能性があります。

頭頸部外傷後の慢性頭痛の「真犯人」の旅はまだ終わりません・・・次回に続く

【文献】
1.Spitzer WO, Skovron ML, Salmi LR, Cassidy JD, Duranceau J, Suissa S, Zeiss E. Scientific monograph of the Quebec Task Force on Whiplash-Associated Disorders: redefining "whiplash" and its management. Spine (Phila Pa 1976). 1995 Apr 15;20(8 Suppl):1S-73S.